プラネタリウム~星々の唄~

バンプオブチキンを中心に好きな音楽をご紹介

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才悩人応援歌

こんばんはー

卒論の課題の1つである望遠鏡が出来上がってきてテンションの上がっている今日この頃です。
もう、本格的に卒論のシーズンです。

先行き不安です。

なのに、2月のホームシップ衛星@幕張メッセに行く気満々です(笑


さて、今日は以前から予告していた『才悩人応援歌』について思うところを書きたいなぁ~と思います。



orbital period1.voyager
2.星の鳥
3.メーデー
4.才悩人応援歌
5.プラネタリウム
6.supernova
7.ハンマーソングと痛みの塔
8.時空かくれんぼ
9.かさぶたぶたぶ
10.花の名
11.ひとりごと
12.飴玉の唄
13.星の鳥 reprise
14.カルマ
15.arrows
16.涙のふるさと
17.flyby


この曲をこのアルバムの中からチョイスした理由としては色々あります。

単純にアルバム曲として初めて聞いて、そのときのインパクトがすごかったこと、聞いてるうちになんて恐ろしい曲で、なんて挑戦的で、それでいてなんて苦しい曲なんだろう。

あるいは、最近聞いてると色々な感情が自分の中で巻き起こっているので、それについて前々から書いてみたいと思ったので、この曲を選びました。


まず、この曲を聞いてるうちに強く感じるのは『藤原基央』という1人の人間の体温がとても伝わる曲だと思ったんです。


今までの曲でも藤原さん自身のことを歌ってるんだろうな~と思う曲はいろいろありますよね。
『ガラスのブルース』とかが代表的でしょうか。
あとは『Title of mine』とか、『ベル』とかですかね。


ここでいう体温というのは、自分と、藤原さんとの距離が近いという意味で使っているのかな。

自分で定義するときっとこういう意味で使ってるんだと思います。


さて、前置きが長くなりましたね。
では、『才悩人応援歌』を聞いて思うことを書いていこうと思います。


得意な事があった事 今じゃもう忘れてるのは
それを自分より 得意な誰かが居たから



この歌詞から始まるAメロ、Bメロは藤原さん自身というよりは、誰にでも経験のあるようなことなのかと思います。

僕もとても共感しました。

共感する=この曲を好きになる

という方程式はわりと容易に成り立つような気がするので、まず、初めから僕はすでに心を掴まれていたのかもしれません(笑


そして、サビです。

唇から 零れ落ちた ラララ
ほんの少しだけ 大気を揺らした ラララ
とても 小さな声 唯一人が聴いた唄 ラララ



ここで、まず、考えたいのはサビで出てくる『ラララ』という部分。
なぜ、『ラララ』なのか。

そして、サビ→『ラララ』という流れから思い出すのが『supernova』の歌詞。
『supernova』の場合は言葉にならないような気持ちをサビの『ラララ』で表現しているのかと思いました。

今回も同じなのでしょうか?
それはきっと聞き手によって感じ方は違うと思いますが、まず、最初のこのサビの『ラララ』同じような性質を持っているんじゃないでしょうか。

Aメロ、Bメロどちらも歌詞の内容的にはマイナスな内容ですが、それに反発する、反抗する気持ちがサビで表されている。

口が動いて、言葉を発する。

しかし、出るのは『ラララ』

言葉にならない。


そんなことなのかなぁ~なんて思ってしまいます。



そして、2番から藤原さんとの距離の接近を感じる。


ファンだったミュージシャン 新譜 暇潰し
売れてからは もうどうでもいい



まずはここ。
別にバンプにだけに当てはまるわけではないと思います。

しかし、歌っているのが『藤原基央』というミュージシャンで、なおかつ、ここの歌い方からバンプのことを歌っているのではないかと思う。


今の時代、ひどい言い方をすれば音楽は使い捨てのような聴き方をする時代だと思うんです。

実際、僕も聞いてる曲や、聞いてるアーティストと、あまり聞いていないようなアーティストとの間には差があるし、こういう聞き方はすれば、暇つぶしのようにも捉えてしまわれてもしょうがないと思う。

なおかつ、友達なんかでも、売れたアーティストには興味ない人や、売れる前はすごくいい!!と言っていても、売れ出すと変わった、ダメになったという人は結構いるじゃないかなぁと思います。

藤原さんはこの部分を歌えてほんとすごい人だと心底思いました。

そして、信じていたのに裏切られたような気分になった。
それが、

はいはい全部綺麗事 こんなの信じてたなんて
死にたくなるよ なるだけだけど



歌詞の内容が奇麗事、理想過ぎると思うことは正直、僕も経験があります。バンプではないですけどね。他のアーティストですが。。。

これも、上手く、今の音楽界を風刺いしている気がするんですよね。


そんで、Cメロ。
おれはここの部分がとても好きなんですけど、

隣人は立派 将来有望 才能人
そんな奴がさぁ 頑張れってさぁ
怠けて見えたかい そう聞いたら頷くかい
死にたくなるよ 生きていたいよ



語呂がいいなぁと思います(笑

それだけで好きってわけではないですよ。


まぁ、歌詞の通りです。
もし、自分より出来るやつにこんなこと言われたら間違いなく自暴自棄みたいな感じにおれはなるなぁ~と思ってしまいました。

で、ひどければ確かに『死にたい』と考えるかもしれないけど、これだけでは、まず、死なないだろうなと。
当たり前のように『生きていたい』と思うだろうなと。とても共感してしまったわけですよね。


で、これが、もしかしたら藤原さんが実際に体験したことなのかな??
なんて、想像してしまうわけですよ。

次の歌詞が、

世界のための自分じゃない 誰かのための自分じゃない
得意な事があった事 大切な夢があった事

僕らは皆解ってた 自分のために歌われた唄など無い
問題無いでしょう



こうくるわけですよ。

世界のための自分じゃない 誰かのための自分じゃない
得意な事があった事 大切な夢があった事



僕も確かにそうだと、その通りだと思う時があります。
でも、ここで、また思うのは『supernova』の歌詞だったりするんですけど。
まぁ、それについては別の機会にでも。

僕らは皆解ってた 自分のために歌われた唄など無い
問題無いでしょう



そして、この辺りからも藤原さんの人間臭さ、距離の接近を感じる。

自分のために歌われた唄など無い



この歌詞がすごいと思いましたねぇ。
確かに!!と思わず納得してしまった。

僕は今こうして、『才悩人応援歌』について思ってることをつらつら書いているわけなんですけど、この曲は別に藤原さんが僕のために書き下ろしてくれた、僕のために歌ってくれているわけではない。

でも、共感する曲ほど、あたかも自分のために歌われている、自分のために歌っている気がしてくる。

そして、バンプの曲ではよくそういう経験をするんですよねー(笑
でも、それは藤原さんが僕のために歌っているわけではない。

じゃあ、これらの曲は誰が誰のために歌っているのかと考えると、『藤原基央』が『藤原基央』のために歌ってるんじゃないのかと思うわけです。

言ってしまえば、曲の本質はその曲を作った『藤原基央』にしか分からない。

僕がいくら時間をかけて曲を聞いて、時間をかけてあれこれ考えても99.99999・・・%までしか近づけないと思うんですよね。決して100%理解することはできない。

でも、そこには人が人を理解しようとするのと似たような感覚が存在するから、僕はこうして歌詞から藤原さんの感情を読もうとするし、あたかも自分の曲のような感覚さえも得る。

だけど、根底には『自分のために歌われた唄など無い』わけですね。


『自分のために歌った唄』はあったとしても。


これが如実に表れるのが最後の歌詞

僕が歌う 僕のための ラララ
君が歌う 君のための ラララ
いつか 大きな声 唯一人のための唄 ラララ



『僕が歌う 僕のための ラララ』はある

『君が歌う 君のための ラララ』はある

つまりは『唯一人のための唄』『自分のための唄』

があるってことなんですかね。
とってもすごい歌詞。綺麗な、美しい歌詞です。


そして、後半の『ラララ』は人それぞれ違う唄を歌う訳なので、特定の歌詞で表現することは出来ないから『ラララ』という表現になるのではないかと思います。



あと、最近、バンプがものすごく好きになった知り合いがいまして。(僕が前使ってたiPod売ったらいつのまにかバンプ好きになってましたw)

その人と話してたことで、『ラララ』は歌いたいんだけれども、声にならない、歌えない気持ちを表しているんじゃないか?と言う意見が出ました。

昔は歌うのが好きだった、得意だったけど、自分より歌うのが得意な人に出会い、歌うことを忘れる。

まぁ、1番の歌詞からの考察ですね。

そして、昔は好きだった、得意だったけど、今では上手い人がいるので歌えない、声に出来ない。

そんなことが『ラララ』には込められているのでは?
と言われ、なるほどと、納得する自分がいました。

その喉から 溢れ出した ラララ
ほんの少しだけ 温度を上げた ラララ
とても 短い距離 その耳まで泳ぐ唄 ラララ



唇から 零れ落ちた ラララ
その喉から 溢れ出した ラララ
とても 愛しい距離 その耳だけ目指す唄 ラララ




この2つのサビの部分の『ラララ』は藤原さん自身が、僕らに唄を歌うことを表しているのかと思って差し支えないのかと思いました。
むしろ、最初のサビも入れてもいいんじゃないのかと思います。

そう考えると、歌いたいけど、歌えない気持ちを『ラララ』で表したと解釈も十分にありだと思いますね~。

ますます、藤原さんの人間性、距離の接近を感じます。




・後述
なんとも、まとまりのない感じですが、とりあえず、自分が今考えてることをぶわーっと書いてみました。
いやー久しぶりに気合が入っている記事だな!!と思います(笑

聞けば聞くほど解釈がいろいろ出てくるのがバンプの曲のすごいところであり、また面白いところですよね。


まだまだ聞きまくっていろいろ掘り出していこうと思います。
そうすることしか僕には出来ないですからね(笑


他の曲についてもいろいろ書きたいですね~。
時間があったら他の曲についても書いていきたいと思います♪


最後に、今日のこのブログのランキングです^^
→今日のランキング



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[邦楽]BUMP OF CHICKEN | コメント:6 | トラックバック:0 |
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この記事のコメント

いやぁ、気合入った記事で読み応え満載です!!
この曲はホントに鋭い歌詞で、バンバン心に突き刺さってきますよね。

人様のコメントに私の解釈を書くのもどうかと思いますが・・・書いちゃいます(><)

私が思う「ラララ」は藤君が言っていた第三の言語そのものを指すのだろうかと。
藤君が一番自分の心を表そうとすると、メロディーに歌詞を載せた第三の言語になる。

「ラララ」=今まで藤君が創ってきたすべての曲

その喉から溢れ出した第三の言語
藤君が藤君の為に歌う第三の言語
私が私の為に歌う第三の言語

私はどっちかと言うとsupernovaのラララより
真っ赤な空を~のラララを思い浮かべますね。


しかし今回の記事読んで新発見です!
私BUMPの曲をカラオケで歌うの大好きです。
なるほど、私が歌うBUMPの曲は私だけの歌になってるんですね!


ノヴァさんの解釈はやっぱり面白いです。
他の曲の記事もお待ちしております^^
(↑自分はちっとも書いてないくせに・・・)
2008-01-12 Sat 01:15 | URL | 194 #-[ 編集]
こんばんは。ノヴァさんの記事はいつも読み応えがあります。僕も聞いた曲の感想を書いてますが、ここまで深く掘り下げて書いたことはないです。この才悩人応援歌にこのような解釈の仕方があったとは。僕もこの曲の詞には共感できました。
2008-01-13 Sun 01:57 | URL | ふうらいにん #-[ 編集]
>194さん
サボってた分気合入れて書きました(笑
ほんと、グサグサきますよね。

194さんの解釈書いてもらえて光栄です^^♪
もともと、いろんな解釈のコメントもらえると嬉しいなぁと思っていたので。


確かに、藤原さんは音楽を新たなコミュニケーションツールとして使っているという話しがでましたね。

なるほど、なるほど。
藤原さんの作った曲が、それぞれの人の喉から出て、それぞれの人のものとなっていく。ってことですかね!??

あー、それいいですね。
藤原さんは最終的には聞き手に委ねますからね。
その人が歌った曲はその人のものになるか。

いやー、これはまた新しい考え方が自分の中で芽生えそうです♪
ありがとうございます☆

こうして、いろいろ交流がもてるのが僕はほんとに楽しいです^^

気合入れてもう1曲書いてみましたので読んでみてください

ドキドキ・・・



>ふうらいにんさん
どうもありがとうございます^^
長ったらしくていつも申し訳ないなぁと思ってはいるんですけど、どうしようもないのでもう開き直って長ったらしく書いてます(笑

この曲の詞はきっと多くの人が共感できるんじゃないかと思います。
もっと多くの人に聴いてもらいたいですよね~。
2008-01-13 Sun 02:31 | URL | ノヴァ #-[ 編集]
このコメントは管理者の承認待ちです
2012-12-29 Sat 21:03 | | #[ 編集]
このコメントは管理者の承認待ちです
2013-04-26 Fri 22:10 | | #[ 編集]
このコメントは管理者の承認待ちです
2015-01-12 Mon 21:07 | | #[ 編集]

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